司馬遼太郎の命日は、壮大な歴史のロマンに思いを馳せて

司馬遼太郎の命日は、壮大な歴史のロマンに思いを馳せて

2月12日は司馬遼太郎の命日「菜の花忌」です。司馬遼太郎は「竜馬がゆく」や「国盗り物語」など、数多くの歴史小説を記した小説家として知られています。菜の花忌は、司馬遼太郎が野に咲くたんぽぽや菜の花など、黄色い花を愛したことや、「菜の花の沖」という長編小説からとられた文学忌です。生まれ故郷である大阪にある、司馬遼太郎記念館の周辺では、町の有志が菜の花忌にむけて菜の花を植え、記念館の敷地内はもちろん、街角や通りが菜の花で彩られます。この試みはもともと、東京と大阪で交互にシンポジウムや講演会を行う際に、会場の周辺を菜の花で彩ったことがきっかけになっています。最初は記念館の中だけでしたが、1月から4月にかけて菜の花が咲くようにと、自治会などのボランティアが種をまき、菜の花を育てています。

司馬遼太郎と、小説「菜の花の沖」

司馬遼太郎は大阪府大阪市生まれ。産経新聞の記者だった1959年に「梟の城」で直木賞を受賞し、翌年から作家活動に入りました。「梟の城」を代表とする、伝記的な初期の作品から、「司馬史観」とも呼ばれる独自の歴史観により「竜馬がゆく」や「国盗り物語」などの作品を執筆。歴史小説家として旺盛な活躍をし、その後も菊池寛賞など、数多くの文学賞を受賞しています。また、小説だけではなく、「街道をゆく」などの随筆の執筆も数多く手掛けており、幅広い年代の読者に、今なお愛され続ける作家でもあります。

菜の花忌の由来ともなっている「菜の花の沖」は1979年4月1日から1982年1月31日まで、産経新聞に連載された長編小説です。江戸時代の廻船商人、高田屋嘉兵衛を主人公に、苛烈な境遇から海の男として箱館で身を起こし、千島を干拓する偉大な事業家として、成功していくさまが描かれています。高田屋嘉兵衛がその生命を全うする地に選んだのは生まれ故郷の淡路島。一面の菜の花畑に囲まれ、北方を案じながら過ごします。大阪出身の司馬遼太郎の人生にも重なる部分がありますね。

歴史小説家には美食家が多いと言われています。池波正太郎や藤沢周平などがその例でもありますが、司馬遼太郎は自らの作品の中で、食にはあまり興味がないことを書いており、小説や随筆の中に出てくる食事シーンも、美味しそうに物を食べているシーンはほとんどありません。とはいえ、その作品から薫るロマンをつまみに、ちなんだお酒を飲むのは、やはり楽しいものです。

船中八策に思いを馳せる

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司馬遼太郎が執筆した歴史長編小説の中で、代表作とも言えるのが「竜馬がゆく」ではないかと思います。坂本龍馬を主人公に、幕末維新を描いた長編小説で、現在、世間一般でイメージされている坂本龍馬像は、この作品の影響が大きいと言われています。大河ドラマはもちろん、民放ドラマなどでも何度も題材として取り上げられ、その物語はさまざまな形で語り継がれています。

なかでも、京都に上洛していた山内豊信に大政奉還を進言しにいく夕顔丸の中で、明治維新の基本方針をを作る「船中八策」は、のちの「五箇条の御誓文」につながるものとして、「竜馬がゆく」にも出てきます。「船中八策」は現在ではフィクションだとされていますが、壮大なロマンを感じるエピソードとして知られ、今も多くの人を惹きつけてやみません。その、船中八策という名を冠した日本酒を造っている酒蔵があります。高知県にある司牡丹酒造が造っている純米酒で、日本酒好きの間でも「最も土佐らしい」と言われているお酒です。上品でなめらかな舌触りと、フレッシュな香り、キレの良い後味で、食事と合わせていただくのにぴったり。冷でいただくのはもちろん、燗酒にしても美味しくいただけるコシの強さがあります。菜の花忌を迎える頃はまだまだ寒い頃。少しぬるめの燗をつけて、菜の花の辛子和えなどと一緒にいただくのもいいかもしれません。司馬遼太郎が紡いだ壮大なロマンに思いを巡らせ、燗酒をいただきながら過ごす菜の花忌。ときにはそんな夜の過ごし方もいいものではないでしょうか。

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